「やろうかな」と「やりたくない」の境界線|なぜ人はやりたくないのに行動するのか
「やろうかな」と思ったのに、結局やらなかった。
反対に、「今日はやりたくないな」と思っていたのに、なぜか行動できた。
筋トレ、勉強、仕事、家事など、こうした経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
もし人が「やりたいことをやり、やりたくないことはやらない」だけの生き物なら、このようなことは起こらないはずです。
では、「やろうかな」と「やりたくない」の境界線は、どこにあるのでしょうか。
「やりたい」と「やる」は別のもの
まず考えておきたいのが、「やりたいかどうか」と「実際にやるかどうか」は別の話だということです。
例えば、朝のゴミ出しを考えてみます。
「ゴミを出したい」と強く思っている人は、それほど多くないでしょう。それでも時間になればゴミを出します。
一方で、「今日は少し部屋を片付けようかな」と思ったのに、スマートフォンを触っているうちに終わってしまうこともあります。
この2つの違いを、「やりたい気持ちの強さ」だけで説明するのは難しそうです。
人は「やる理由」と「やらない理由」を比べている
人が行動するときには、単純に「やりたい」という気持ちだけで判断しているわけではありません。
例えば、次のようなことが関係します。
- どれくらい面倒なのか
- 今すぐやる必要があるのか
- やったら何が得られるのか
- 今の自分の状態に合っているのか
- これまで同じ場面でどう行動してきたのか
つまり、その瞬間に「やる理由」と「やらない理由」の両方が存在し、そのバランスによって行動が決まっていると考えると分かりやすくなります。
「やりたくないのにやる」のは不思議ではない
例えば、旅行の日の朝。
「眠い。起きたくない」と思っていても、起きることがあります。
これは、起きたいから起きているとは限りません。
起きなければ旅行に行けないという、別の結果まで含めて判断しているからです。
逆に、やらなくても特に困らないことは、「やろうかな」と思っていても後回しになりやすくなります。
このように考えると、「やろうかな」という状態は、単純に「やりたい状態」ではなく、やる理由とやらない理由の両方がある状態と考えたほうが近いのかもしれません。
ダイエットでも同じことが起こる
この考え方は、ダイエットにも当てはまります。
「痩せたい」という気持ちがあっても、食事を変えるのは面倒、運動は大変、記録はしたくない。
こうした気持ちが同時に存在することは、決して珍しくありません。
つまり、ダイエットをしたくないからといって、必ずしも「本当は痩せたいと思っていない」ということではありません。
「痩せたい」という気持ちと、「そこに至るための行動はやりたくない」という気持ちは、同時に存在できます。
岡山市でダイエットや運動習慣について考えている方は、岡山市のパーソナルジムでのトレーニングという選択肢もあります。
「意志が弱い」だけでは説明できない
「やろうと思ったのにできなかった」とき、私たちはつい「意志が弱かった」「やる気がなかった」と考えてしまいます。
しかし実際の行動は、その瞬間の気分だけで決まるわけではありません。
そのときの状況や負担、必要性、得られる結果、過去の経験などを含めて、「やるか、やらないか」が選ばれています。
だからこそ、昨日はできたのに今日はできない、ということも起こります。
昨日の自分と今日の自分では、行動を選ぶ条件そのものが違っているからです。
まとめ
「やろうかな」と「やりたくない」の境界線は、単純な「やりたい・やりたくない」では決まっていません。
人は、その瞬間にある「やる理由」と「やらない理由」の両方を比べながら、行動するかどうかを選んでいると考えることができます。
だから、「やりたくないのに、どうしてできないんだろう」と考えるよりも、「やりたくないと思いながらも、なぜ人はやることがあるんだろう」と考えてみる。
そうすると、行動できない自分を意志の強さだけで判断する必要はなくなってきます。
そして、その境界線は固定されたものではなく、状況や経験によって動いていくものなのかもしれません。

